音楽は魂の迸り(感情と音楽とちょっと恋愛の話)

作業の合間を縫ってスタッドレスから夏タイヤへ付け替え。
20代の頃はこんな作業でも車をイジるってだけでトキメイていたはずなのに今は1ミリも心は踊りません。

僕が大人になってしまったからなのか?

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最近のフルート練習に関する内容や、ラフマニノフのピアノコンチェルトについての投稿を読んでくださった方から、他にも素晴らしいプレイヤーたくさんいるよ!ってことで情報をたくさんいただいています。ありがたいことです。アップルミュージックを駆使して一つ一つ紐解いています。

同じ曲を違う人の演奏で聴くと当たり前のことですが雰囲気が全く異なります。クラシックの場合は同じ譜面を見ているはずですがそれでも全く別物になり、逆にそこが醍醐味と言える部分です。

しかし楽譜には音の高低や長さ以外にも様々な情報が書いてあって、例えばfpcrestdecrescのような強弱に関する記号、AndantePrestoのようにテンポに関する記号、espressivo(表情豊かに)やCon fuoco(火のように激しく)、Dolce(甘く)の表情に関する記号など数多くの指示が事細かに記載されています。指示通りに演奏していったらおおよそ似た感じになるんじゃない?って思えるんですが、出て来るサウンドは全く異なります。

じゃあなぜ違うのか。
尊敬する方々の音楽観を元に自分なりの理由を導き出して演奏する際の指針にしています。

中学の時にお世話になった吹奏楽部の恩師が卒業アルバムにこんな言葉を残してくれました。

「音楽は魂の迸り(ほとばしり)」

大学の時の恩師はこう教えてくれました。

「演奏するってことは演じること。死にたいぐらい辛い時でも楽しい曲を吹くときはおどけなければならない。」

社会人ビッグバンドにゲストソリストの方がいらした時、リハーサルがクリニックのような状態になり、その方が教えてくれました。

「ロングトーンする時に『嬉しい』とか『悲しい』とか『楽しい』とか7つぐらいの感情を設定して音色がその感情にマッチするように練習しています。ステージではほとんどの聴き手は気付かないでしょうね。でも1000人いたら2人気付くぐらいで成功なんです。」

ウラディーミル・アシュケナージは言いました。

「悲しい曲だったので自分がかつて経験した悲しい思い出を演奏に込めた時、聴き手は奏者の思い出を共有するわけではなく、思い出の込もった演奏によって聴き手の悲しい思い出が呼び起こされて共感(感動)が起こる。」

(※言い方は違っているかもしれません)

つまり

演奏すること=感情表現であって、感情は奏者の経験が元になって構築されるものなので演奏する人によって曲調(感情表現)が変わる。同時に聴き手もそれぞれ違った経験をしてきているので、好きな奏者のタイプも異なる。(作曲や編曲も同様)

という(自分なりの)解釈でした。
当たり前といえば当たり前なんですけどね。
演奏は「感情表現」無しには成り立たないということでしょう。

そういえば音大時代に男の先生が女子生徒に「恋愛しなさい」って言っているのを数え切れないほど聞いて、場合によっちゃセクハラだよなぁって思ってたけど、今思えば「良い演奏のために感情を鍛えなさい」っていう教育だったんだなぁ。。(遠い目)

「音楽は魂の迸り(感情と音楽とちょっと恋愛の話)」への1件のフィードバック

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